魂は永遠に生き続ける

「現世」と「死後の世界」はどのような関係にあるのでしょうか。 

私なりの考えでいうと、我々の生きている世界はいわば競技場のようなものです。 

私たちはこの競技場の中で、人生という苦しい競技に参加し、お互い競い合っているわけです。 

 

その中で、「あの世」はいわば競技場の観客席です。 

観客席と競技場の間にはマジックミラーがあって、こちらから向こうは見えないが、向こうから私たちの様子を見ることはできる。 

やがて競技が終わると、つまり肉体的に死ぬと、私たちは霊魂となって観客席へと移るのです。 

そして、もう少し競技をしたいと思う人は、競技場の中に戻るように、再びこの世に生まれ変わることができるのだと考えています。 

 

私は、日本人の死生観は3・11を境に大きく変わったと感じています。 

災害が起こる前まで、私たちは「人は必ず死ぬ」という真理を忘れていました。 

 

しかし、3・11以降、多くの日本人が、それまで縁遠かった「死」を、明日にでも自分を襲うかもしれない身近なものとして意識するようになりました。 

しかし、死を身近に感じることは、とりもなおさず生を身近に感じることでもあります。 

だからこそ、私は日本人は肉体だけでなく、魂についてもう一度思いを馳せてほしいと思うのです。 

 

「人は必ず死ぬ」という死生観は、言い換えるなら、人は一回きりの人生しか生きられないということです。 

でも、それではあまりに自分の人生は理不尽だと思う人はたくさんいるのではないでしょうか。 

 

そこで、「人には霊魂がある」という考え方を受け入れたらどうでしょう。 

「人は必ず死ぬのは確かだけれど、人間にとって死は終わりではなく、魂は永遠に生き続ける」---この考え方は、現代人にとって大きな救いとなるのではないでしょうか。 

 

また、「魂は死なない」というイメージがインプットされれば、この世では自分は理不尽な人生を送っていたけれど、悠久の生の中でみれば、そうした理不尽さという意識を解消することもできるだろう、という視点に立つことができます。 

そうすれば、死を無意味に恐れることもなくなることでしょう。 

 

繰り返しますが、私は長いこと救急医療の現場にいて、様々な死を目の当たりにし、嘆き悲しむご遺族の姿を見てきました。 

しかし、死後も霊魂は消滅しないという考え方に立てば、亡くなった人はなんらかの自分の役割を終え、あの世で幸せに暮らしており、中には次の転生に備えている人もいることになる。 

この考え方に立ったほうが、遺族を含め、多くの人がより幸せになるのではないでしょうか。 

 

日本人は古来より、霊的感覚に鋭敏な民族と言われてきました。 

このような時代だからこそ、私たちは魂の大切さについて理解を深めるべきだと思います。 

そうなってこそ、我々は本当の意味で、心の豊かさを掴むことができるのではないでしょうか。 

 

 

こう語るのは東京大学医学部附属病院救急部・集中治療部部長で、 

東京大学大学院医学系研究科・医学部救急医学分野教授の矢作直樹医師(57歳)だ。 

 

 

*「週刊現代」2013年3月16日号より、一部を抜粋

 

 
たきがみ博士
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